omusubi不動産*殿塚建吾さんインタビュー】#丘のうえの人たち2

今回は、“丘のうえの人たち”と題して、科学と芸術の丘に関わる方々のインタビューをお届けします。
2回目のゲストは、「科学と芸術の丘」の立ち上げメンバーの1人であるomusubi不動産の殿塚建吾さんです。

 

 

プロフィール:殿塚建吾

omusubi不動産代表/宅地建物取引士 1984年生/千葉県松戸市出身

 

中古マンションのリノベ会社、企業のCSRプランナーを経て、房総半島の古民家カフェ「ブラウンズフィールド」に居候し、自然な暮らしを学ぶ。震災後、地元・松戸に戻り、オーナーがセルフビルドした「自給ハウス」にて部屋のDIYをしながら生活する。2011年、松戸駅前のまちづくりプロジェクト「MAD City」に参画し不動産事業の立ち上げをする。

2014
4月に独立、おこめをつくる不動産屋「omusubi不動産」を設立。DIY可能物件を扱いながら、市川市初のシェアアトリエ「123ビルヂング」や二世帯住宅をものづくりスペースに変えた「8lab」、築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」など多くのシェアアトリエを運営。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした入居者との暮らしづくりに取り組んでいる。



顔が見えている人たちと、街の景色を作っていく

――まず、殿塚さんのご自身の活動について教えてください。

 

 僕は、“おこめをつくる不動産屋”としてomusubi不動産をやっています。「自給自足できるまち」をテーマに、古い物件をリノベーションしたり自由に使っていただけるようにしつつ、お客さんたちと一緒にお米を作ったりしながら、顔が見えている人たちと暮らしを作れたらいいなと考えています。

自給自足と言うと、仙人みたいなイメージがあるんですけど(笑)、そういうのではなくて、自分ができることを1個ずつ、顔が見えている人たちと交換するということです。衣食住だけではなく、結婚式とか遊びとかエネルギーとか、色んなものにちょっとずつ自分たちで手を加えてみる。それを顔が見えている人たちと交換していく、ということをやっています。

また、空間全体をみんなで作っていくということもしています。例えば、せんぱく工舎という建物は、もともと船の会社が持っている築60年くらいの社宅だったんですけど、現在はリノベーションして、アーティストの方や、あみものの作家さんに利用していただいています。その廊下をみんなで塗ったり、外にウッドデッキを作ったり、みんなで協力しながらその建物や敷地全体を地域に開いて、新たな価値を作っていこうとしています

 

omusubi不動産は、ちょうど今度の4月で丸5年になりますが、これまで100組くらいの入居者に利用していただいています。入居者さんたちの中には、子供にワークショップをやられているような方や、本屋さん、編集者など面白い活動をされている方々がたくさんいます。そういう方たちと話をしながら新しいことを作っていく、街の景色全体を作っていく、というのが僕たちの仕事です。

 

――「自給自足できるまちをつくろう」と思うようになったのはなぜですか? 

僕は、父方が不動産屋で、母方が農家なんですね。それぞれ幸せの価値観がまるで対極だったんですけど、僕は無意識のうちに母方の農家のおばあちゃんたちのように、美味しいものを食べてみんなで笑って平和に暮らす、というような価値観に惹かれていました。

ですが、就職活動では、そういう自然系の仕事はうまく見つからなくて。結局、不動産屋に就職し、そのあとは企業のCSRの企画や古民家カフェでやぎの世話など、色々な仕事をしていましたが、東日本大震災を機に松戸に戻ってきました。

そこからは、松戸で「自給自足できるまち」のようなイベントをやろうと思って、「greendrinks松戸」という名前で、みんなで畑で野菜を作ってバーベキューしたり、参加型のDJイベントをやったりしました。なので、omusubi不動産を始める前から、田んぼはやっていましたね。

 

――殿塚さんは松戸出身で、これまで様々なイベントを企画されてきたとのことですが、松戸でやるからこその面白さなどは感じていますか?

まず、純粋にプレイヤーの数が少ないので、少し活動すると注目されやすいんですよね。都内みたいに色んなことをやる人たちが密集してないので、街でなんかやろうと思ったときに余白が多いんです。僕らもこんな小さい不動産屋なのに、国際フェスティバルに関われるのは、そもそもこの街にチャンスがいっぱいあるということ。だから、「関わりの余白がある」というのは大きなキーワードですね。

 

――なるほど。では今回どうして「科学と芸術の丘」に関わることになったのでしょうか。

ひとつは、科学と芸術の丘、総合ディレクターの清水さんとの出会いがあります。清水さんから、松戸で産官学が連携するような新しいフェスティバルをやりたいという話をお聞きして、そこからPARADISE AIRの庄子さんたちを紹介しました。そこで、こんなことできたらいいよねと雑談をしていたところから、徐々に企画が具体的になっていきましたね。

 

科学と芸術の丘を通じて、自分の可能性を余白を見つけていく


――清水さんたちとの出会いがきっかけとなって、科学と芸術の丘が生まれたのですね。では、松戸でこのようなフェスティバルを開催することに、どのような期待をしていますか?

以前から、松戸ではPARADISE  AIRなどのアーティストインレジデンスをはじめとして、アートを用いたプロジェクトは盛んに行われるようになっていました。しかしそれは、業界の中では知られるようになっても、一般の市民の方たちにはまだあまり浸透していないというジレンマがあります。
その一方で、僕らはomusubi不動産として地域に関わっていて、だんだんと地域で面白い活動を行っている人が増えているなという実感がありました。

なので、今回のフェスティバルでは、地域で活動している人たちが、改めてみなさんに知ってもらえる機会になればいいなと思っています
今回丘のマルシェに出店してくださる方たちも、最近松戸でお店始めた方たちが多いんですよね。でも本当にいいお店が多いので、そういう人たちを知ってもらえる機会になるといいなと思います。

あとは、科学と芸術の丘を通じて、自分自身の可能性の余白を見つける人が、たくさん出てくると思ってるんですよ。東京のように、あらゆる分野の専門家がいる街だと、自分の専門とは少し違うところに関われる可能性はあまりないかもしれませんが、松戸には“関わりの余白”があるからこそ、色んなことに挑戦できると思います。僕らも不動産なのに国際フェスティバルをやるとは思ってなかったですしね(笑)

 

――では最後に、ブログを読んでくださっているみなさんに、ひと言お願いします!

このフェスティバルは、ただ見に来ていただくだけではなく、 自分も関わってみたいなという気持ちがある方たちと一緒に、成長していけるようなものになればいいなと思っています。
また、直接このフェスティバルに関わることでなくても、自分はこんなことできるかなとか、この街にこうやって関わってみようかなとか、1%でもいいので自分の行動を促すような目線で見てもらえたら嬉しいです。

 

――ありがとうございました!


ライター:まきのまあや
東京大学多文化共生・統合人間学コース在学
シンガーソングライター/ライター

多様ないのちがともに生きる“共生”をテーマに、東京大学で研究をしながら音楽活動や文筆活動、イベント企画などを行う。音楽やことばを通して、“みんなの広場”をデザインしたい。

共有: